業務部の下村です。

近頃は朝がめっきり寒くなり、自転車通勤の私はマフラーと手袋が欠かせない季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

ネットで見かけたのですが、先日、映画『星の子』の完成報告イベントで、女優の芦田愛菜さんが、「信じることとは?」という質問に下記のように答えていました。

 

<以下、芦田さんの発言要旨>

「その人のことを信じようと思います」という言葉を結構よく使うけれど、それってどう意味かを考えると、「人を信じるということはその人自身を信じているのではなく、自分が理想とするその人の人物像に期待してしまっていることなのではないか、と感じた」

 

「だからこそ人は、“裏切られた”とか言うけれど、“期待していたのに”と言うけれど、別にそれはその人が裏切ったとかではなくて、その人の見えなかった部分が見えただけであって、その見えなかった部分が見えたときに、『それもその人なんだ』って受け止められる揺るがない自分がいることが信じられることなのかな、と思った」

 

「でも揺るがない自分の軸を持つのはすごく難しい。だからこそ人は信じるって口に出して、不安な自分がいるからこそ、成功した自分や理想の人物像にすがりたいんじゃないかなって思いました」

 

 

本当に深いな、と高校生の芦田さんの言葉に驚きました。

 

自分が相手に依存していないか。適切な距離を取れているか。

自分が相手の『本質』をちゃんとわかっているのか。『本質』を見ようとしているのか。

自分が相手のことをどれだけ真剣に大切に考えているか。

自分が自分でいられているか。

 

人と人の関係は、その関係性や距離も時を経ることで変化していきます。でも人の本質は、そんなに変わっていないと思っています。

 

ある方に仰って頂いた、

「それは相手が本当に望んでいることなのか? 自己満足じゃないのか?」

 

また、別の方に仰って頂いた、

「そんなあなたも、こんなあなたも、私が知っているあなただよ。大丈夫」

 

この言葉がいつも、忘れられません。

 

一周回って やっと大切なことが分かってきた気がします。